今週の考える言葉「無心」
考える言葉
無心
“無心”とはいったいどんな心の状態をいうのだろうか。一般には、「心が何かに捉われず澄んだ状態」を指す言葉である。
しかし、本当の“無心”とは、単に頭の中を空っぽにすることではない。余計な思い込みや雑念にとらわれず、目の前のことに心を集中させ、ありのままを受け止める心のあり方ではないだろうか。
禅の世界では、“無心”は大切な境地として説かれている。何かを成し遂げようとする際、「失敗したらどうしよう」「人からどう見られるだろう」と考えすぎると、かえって本来の力を発揮できなくなる。自分を良く見せたいという思いや、結果への執着が、心の自由を奪ってしまうのである。
稲盛和夫氏は、人生や仕事の判断基準として「人間として何が正しいか」を大切にしてきた。そこには、自分の損得や感情に流されず、純粋な心で物事を判断する姿勢がある。私たちは日々の仕事の中で、知らず知らずのうちに先入観や過去の成功体験、他人からの評価に縛られてはいないだろうか。“無心”になるとは、自分の考えを捨てることではない。自分の都合をいったん脇に置き、事実と真正面から向き合うことだといえよう。
IG会計グループが掲げる社会的インフラとしての使命を果たす上でも、この“無心”という姿勢は大事である。お客様の経営課題に向き合うとき、こちらの都合や既成概念を優先していては、本当に必要な支援を見誤ってしまう。
未来会計やMAS監査においても、数字を単なる結果として見るのではなく、その背景にある経営者の思いや社員の努力、企業の未来への願いを受け止めることが大切である。先入観を持たず、真摯に聴き、事実を見つめる。その積み重ねが、お客様にとって本質的な価値を生み出すのだと思う。
また、無心は学びや人材育成にも通じる。後継者育成塾や経営人間学講座で学ぶとき、自分は分かっているという思いがあれば、新しい気づきは生まれにくい。素直な心で人の話を聴き、自分の未熟さを認めるところから、本当の成長が始まるのではないだろうか。
無心とは、心をなくすことではなく、心を曇らせるものをなくすことである。欲や恐れ、見栄や先入観に振り回されず、今なすべきことに全力を尽くす。
v小生もまた、日々の判断や人との関わりの中で、余計な執着を手放し、“人間として正しいかどうか”を静かに問い続けたい。そして、“無心”に仕事に向き合うことで、自分自身の力を最大限に発揮し、IGグループの使命の実現につなげていきたいと思う。
転載元:IG会計グループ 「考える言葉」





